5月27日置賜遠征・その8(山形県川西町)
2012-06-04


糠野目から最上川沿いに北上し、田園地帯を抜けて鬼面川を越えると、川西町へと入るが、そこがかつて伊達氏の家臣の富塚氏や湯目氏が居城とした洲島城の跡で、この日最も行きたかった目的地である。

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城は最上川が蛇行する場所に面した輪郭式の平城だったが、河川工事や圃場整備で風景は変わっており、始めはあまり把握できなかったが、かつての縄張り図と見比べると所々に遺構が残っていて宝探し的な面白さがある城跡だった。画面中央左奥の木々があるのが本丸櫓台跡。ビニールハウスのあたりが、かつて外郭に八幡神社があった場所で、石塔が残されている。手前の田んぼはかつて長福寺があった場所付近。


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本丸櫓台には祠が祀られており、周囲には本丸の内堀の跡も確認できた。ちなみに画面左外には本丸大手口跡があり、現在も大手道を農道が通っている。


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現在の八幡神社はかつて城主の家臣の屋敷があった郭の一つに長福寺と共に移されており、同様に仏性寺などもかつての場所から別の郭跡へと移されている。この場所も堀跡がよく残っており、神社の奥には土塁も残っていた。なお、神社の説明板には洲島城の縄張り図が載っていて参考になるが、あくまでも神社の説明であり、城の歴史についてはあまり書かれていない。
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